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2020年03月05日

ボクらはひとつと言うこと







人は
幼少期に
愛情が足りてなかった場合
欲求が足りてなかった場合
大人になっても
それらを欲する

by 森島和樹


こと

森島和樹です

どーも

ニーチェ気分で登場です。

いや

というのも

おもったのですが

この

足りなかったものや
満たされなかったものって
大人になって爆発したら怖いですよね

そして居ますよね

僕自身そうだった事もあるし

沢山の人に

愛を与えるボクはわかるわけですよ

腐ってる人、捻くれてる人

ただただ満たされていないだけ

満たされて無かったら誰でも

強盗や殺人鬼になりえる。

「どこまで」満たされてないかによるが。

例えば

外国では子供を売ったりする人が居ます

有り得ないですよね

でも有り得てる

それは

追い込まれた人間は誰しもそうやってしまう可能性がある

【自分なら絶対しない】というのは

上から目線で

少し共感能力に乏しい。

満たされてる状態で自分ならしないというのはどうでしょう。

人を殺したり、自殺したりする事は絶対しない

と言っても

戦争や飢餓が訪れた時

人は他人を殺し、自分を殺し

人を食った

ネズミも食うし、ゴキブリでさえ食った

【普通】人を殺す?【普通】人を食う?

誰しも【生きる】為なら

【なんでも】する可能性がある。

【行動】には【きっかけ】がつきまとう。

人はその行動が理解しがたい人を

【天然】や【サイコパス】という言葉で他をキャラ付けする

そう言われる事で満たされる人も居れば
【普通なのに】と不満に思う人も居る

そうなるにはそうなる理由がある

幼少期の出来事が深く大人になっても左右される

よくない行いのきっかけはダントツに
両親からの愛情に飢えているのが理由として多い

愛情不足で心がすさんだ人は

自己肯定感や自尊心に乏しくなり

親だけでなく

他人、世界、自分まで否定する

でも

親の愛情が不足されたのに

それ以外の他人まで否定するという事は逆に


親に否定されても、

他人に深く愛され理解されたら

心は満たされていき、その親の憎しみも風化し、その親さえ、理解してあげる事が出来る(憎しみの、度合いによるが)

ここで言いたいのは

自分の家族の出来事なのに

うまくいかないと、それ以外の他人さえも憎む性質を持ってる人間は

裏を返すと

他人のことを、自分の家族のように想っているという素敵な事実である

これが素敵になるかならないかは行い次第だが

大切なのは

他で補えるということだ。

よくもわるくも。




若いうちに遊べ
とかよく言われるが

さらに大きくなったときに遊ばれると大変だからである

影響が小さな、幼い頃に

満たしておけば

大人になって暴れられた時の影響より

だいぶ抑えられる

大人を満たすのはだいぶ大変である

子供を満たすことを簡単とは言わないが

大きい子供よりかは遥かに簡単でしょう。

建築みたいなもんで

土台を怠ると

後々大変という事。

子を
【愛している】親はいっぱいいるが
【愛せている】親が少ないのが現状だ。


どんなに想ってても

伝わらなかったら

なんの意味も為さない

花を育てるのと一緒だ

枯らした人が「こんなに愛しているのに。」といっても

他の人なら上手く咲かせたかも知れない

太陽や闇や水や言葉を当たえるタイミング、それらの質、湿度、温度、etc、それらの配合を上手く合わせられたかも知れない

枯れたのには原因が

起こることには原因がある。

こんなに愛してるのに

という言葉を晒すくらいなら

少しでも咲かす努力をした方がいい。


悪い親ほど

こんなに愛しているのに

という言葉で、自分の不甲斐をギリギリまで美化させようとするのかもしれない

そんな親にも

そうなる原因があるのだろう。

【自分は絶対にそうならない】ことなんか絶対にないから

そうならないように自分も気をつけよう。



ちなみに

ボクはとても、愛情不足でした

母子家庭で

親は、朝昼晩、仕事をしていた

親との時間もあまりない

三人兄弟で

家に大人が居ないから

上の2人にはよくボコボコにされた

上の2人もきっと、愛情が不足し

3人とも不平不満で

1番下のオレが

ボコボコにされるのも、まぁ今となってはわからなくもない

1番下が不平不満を吐露したところで
こっちも一緒だ!って上はなるよな。

愛情不足と言ったが

優しい親ではあった。

子供たちの為に

愛情があるから沢山仕事をしていた

というのを理解出来ない子供だった僕は

ただただ愛情不足になってしまった。

大人になっても沢山迷惑をかけた。

そんな母ちゃんは

2013年から病気になり

その生活費を稼ぐ為に仕事も音楽も頑張っていると

自分が、どんだけ愛されてきたのかを
少しは理解出来るようになった

唄の練習も沢山してきてるから

少しずつ人に認められるようになっていって

自分でも少しずつ自分の存在を認められるようになった

親の愛情不足を他人から自分の手で掴み取ったような感覚でしょうか。

【誰でも】言い訳じゃない
【親からの】愛情が欲しい気持ちも
とても分かるが
【それ以外】からも
得られるというお話し。

愛情不足は集中力も低下したり
仕事や日常の動き、パフォーマンスを低下させる
幸福度も落とす。

自分以外の、誰かから
必要とされるようになれば
得られるものだと想います。













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Posted by 森島和樹 at 17:50│Comments(0)日記
 
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