幸せどころか、幸せ過ぎた。
池袋暴走事故の
被害者の想いが
ニュースで取り上げられていた
どう出逢い
どう想い
どう支え合って
どう生まれて
どう生きてきたか
とても
とても素敵な家族だと想った
事故にあったと会社に警察から連絡
急いで電車で向かう中、スマホに池袋で交通事故親子即死のニュースに身体が震える
病院にたどり着き
妻の傷だらけの顔を見て
3歳の子共の顔を見ようとしたら医者に止められる
途中まで見たが精神がもたないと断念
顔は陥没していたらしい
体が震え泣き叫ぶ被害者
葬式の出来事
その後の出来事
涙が止まらなかった
被害者の気持ちを想うと余りにも苦しい
苦しすぎる
ボクは自分だったらと考えた
ちょうど
長男が3歳だ
次男がそろそろ一歳
妻も亡くなった女性と近い歳
もし
【同じ】事になったらと
心がもたない
今、妻と息子たちは保育園にいる
ボクは部屋で1人
想像しただけで
被害者を想って
声をあげて泣いた
そして
もし自分がって想うと
声をあげて泣いた
もし
帰って来なかったら
この家に
この部屋に
誰も帰って来なかったら
そう想った瞬間
この部屋が
余りにも
余りにも
空虚な雰囲気を漂わせた
学校は生徒で賑わってるが
下校後は恐怖の対象に変化する様に
毎日
当たり前の様に帰ってくる事が
毎日
当たり前の様に生きてる事が
どんだけ
どんだけ
有り難い事なのか
どんだけ幸せな事なのか
想うと泪が止まらなかった
この想いは
忘れてはいけない 記しておこう
そう想い 打ってる次第です
当たり前な事なんて何一つなかった
全て 全て
幸せに満ち溢れている
そう想うと
なんで家族にあんな事で不満に思ってしまったんだろうとか
なんで怒ってしまったんだろうとか
自分に対して苛立ちが募る
家族が生きてる事
大切な人たちが生きてる事
それだけで
愛おしい事だと
とても感じた
申し訳ないが
被害者の気持ちを想ったからだ。
この事故の被害者の所に
戻るものは居ない
見送るものは居ない
当たり前にあった
いってらっしゃいも
お帰りなさいも
ただいまも お帰りも。
ボクは
家族をとても大切に想ってるが
まだまだ感謝が足りなかったと痛感した
そういうふうにボクの周りから居なくなったらと想うと
気が気でなくなる
でも、
帰ってきてくれる
ボクの所には
なぜなら。
家族は
いま
生きてるからだ、、
でも
この事故の様に
人は
いつ居なくなるか
わからない
自分も含め。
だから
生きているうちに
毎日
感謝を伝えて
僕自身、有難うを感じて生きたい
あなたたちが
生きているという幸せを。
こと
森島和樹です
どうしても記しておきたかった
自分自身
忙しかったり
精神がボロボロの状態の時に
人の事を考えられない状態の時に
どんだけの事があっても
とても幸せなんだと
忘れないように
こればかりは、
失って気づくような事はしたくない
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